2012年08月24日

『骨おりダンスっ』第9号

hnd09.pdf

骨おりダンスっvol.9を公開しました。
今号は新企画「mistake?」と巻末特集「『ちちこわし』書評」があり、そのため容量がかなり大きいです(ページ数が200ページ以上あります)。それ以外にも寄稿、連載、ダンサーズっなども充実しておりますので、ぜひお楽しみください。

以降は諸連絡です。8月25日から京橋Lux Gulleryにて行われるサンズイ×TOLTA企画「飛ばない本」(http://noflyingbook2012.tumblr.com/)で「『骨折りダンスっ』を振りかえる」(http://noflyingbook2012.tumblr.com/hone)というイベントを行います。タイトルでイベントの概要が説明されているような気もしなくはないですが、時間は8月26日15:00−16:00の間です。これを書いているぼくはテキストのみの出演(?)となっておりますが、そちらもぜひお越しください。

また、今号を最後に金子鉄夫が編集員を抜けることになりました。けれど、来号からも「迷考書簡」や「mistake?」などの諸企画に協力・執筆する予定なので、骨おりダンスっから身を引くというよりも、参加のかたちを別にするという意味の方が近いのかもしれません。私たちに残された時間というものがどれだけあるのかは考えもつきませんが、今後とも骨おりダンスっをよろしくお願いします。


〔鈴木〕
posted by honeori at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 『骨おりダンスっ』本誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

『骨おりダンスっ』第8号

hnd08.pdf

「骨おりダンスっ」第8号を公開いたしました。

今回は報告だけですべてが埋まりそうです。

まず、骨おりダンスっ主幹である金子鉄夫の第一詩集「ちちこわし」が思潮社から刊行されました。こちら(http://www.shichosha.co.jp/newrelease/item_682.html)からお買い求めできますので、ぜひよろしくお願いいたします。

さて、今号から新連載「迷考書簡」が始まりました。ざっくり言うと、骨おりダンスっ主幹2人による書簡集です。一つの詩を巡って思いついたことを述べていくことから始めて、送った内容の手紙を読めないことと時間が経って文脈を忘れてしまうことが重なり、2人がたいへん迷考している様子がうかがえます。

また、今号より編集委員の萩野亮が抜け、代わりに橘上が入りました。萩野亮はドキュメンタリー専門のカルチャーマガジン「neoneo(http://webneo.org/)」を近日刊行予定なので、そちらもぜひご確認ください。そして、スーパー(アド)バイザー・橘上のこれからの活躍にご期待ください!

[鈴木]
posted by honeori at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 『骨おりダンスっ』本誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

『骨おりダンスっ』第7号

hnd07.pdf

わりと多くの困難的なものがやってきて、そういうもんなのかなあとも思いますが、なんだかんだでぼくは4号、つまり夏ごろからですが編集的な仕事を任されて、当の骨ダンはもうそれ以前から続いていて、今号でもう1年になるわけです。どうも、なんか今号は編集後記といい金子さんといい全部が全部今年1年がどうこうみたいな話ばっかりしてるような気もして、「今年」「1年」とかで検索してみて、一体何回ぐらい使っているのか気になりますね。

波乱と共に迎えられた10年代の、その先駆けとしてあろうと思いつつやってきたこの1年を振り返り、それが果たしてどういうものであったのか、同時にまたぼくじしんにとってある種1つのスタートでもあるこの場所が、これからどのような変遷を辿っていくか。語られ直していくことで輪郭は見えてくるにしろ、過去も未来も未だ未消化なものが多く、どう扱っていけばいいのかよくわかりません。とりあえずはこの詩誌がぼくやあなたが何か新しいこと、楽しいことをしていくにあたっての小さな助けになれればいいかなと思います。つまり、萌芽しつつあるものを抱えていければいいかなという、それだけがぼくの願いです。〔鈴木〕



今日、二月九日が「骨おりダンスっ」が誕生して丁度、一年目だという。個人的にも、色々な出来事が通過していったが結句、やはり誕生するということは災厄だ。
「生まれ出ることによって、私たちは死ぬことで失うのと同じだけのものを失った・・・」(エミール・シオラン「生誕の災厄」より)
しかし、失って尚も、日々は眩暈がするぐらいに続いている。それは時に、災厄に対する不感症を引き起こし、時には悪化させ、私たちの存在を危うくもしたりするが、勝手にしろというだけの話であったりもする。

災厄のうえに胡坐をかいて、わめき散らし、疵を負っても、交わりたいとおもう。
 
この「骨おりダンスっ」も、グダグダにやってきたにせよ七号である。この営みが、ささやかではあるが前向きな共犯を築ければ最善である。そのためには、次号から(まだまだ続くと仮定して)もっともっとあなたの秘匿された場所へ侵入するために身体を水に近ずけなければならない。そして絶え間なく流れ続け犯し続けていかなければならない・・・とカッコつけても始まらないが、次号からも鈴木君やらと鼻水垂らしながら、いっしょけんめいにやりたいとおもっている今日この頃です。あ、それと遅すぎますが、あけて、あけましておめでとう。〔金子〕
posted by honeori at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 『骨おりダンスっ』本誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。