2012年05月20日

『骨おりダンスっ』第8号

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「骨おりダンスっ」第8号を公開いたしました。

今回は報告だけですべてが埋まりそうです。

まず、骨おりダンスっ主幹である金子鉄夫の第一詩集「ちちこわし」が思潮社から刊行されました。こちら(http://www.shichosha.co.jp/newrelease/item_682.html)からお買い求めできますので、ぜひよろしくお願いいたします。

さて、今号から新連載「迷考書簡」が始まりました。ざっくり言うと、骨おりダンスっ主幹2人による書簡集です。一つの詩を巡って思いついたことを述べていくことから始めて、送った内容の手紙を読めないことと時間が経って文脈を忘れてしまうことが重なり、2人がたいへん迷考している様子がうかがえます。

また、今号より編集委員の萩野亮が抜け、代わりに橘上が入りました。萩野亮はドキュメンタリー専門のカルチャーマガジン「neoneo(http://webneo.org/)」を近日刊行予定なので、そちらもぜひご確認ください。そして、スーパー(アド)バイザー・橘上のこれからの活躍にご期待ください!

[鈴木]
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2012年02月10日

『骨おりダンスっ』第7号

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わりと多くの困難的なものがやってきて、そういうもんなのかなあとも思いますが、なんだかんだでぼくは4号、つまり夏ごろからですが編集的な仕事を任されて、当の骨ダンはもうそれ以前から続いていて、今号でもう1年になるわけです。どうも、なんか今号は編集後記といい金子さんといい全部が全部今年1年がどうこうみたいな話ばっかりしてるような気もして、「今年」「1年」とかで検索してみて、一体何回ぐらい使っているのか気になりますね。

波乱と共に迎えられた10年代の、その先駆けとしてあろうと思いつつやってきたこの1年を振り返り、それが果たしてどういうものであったのか、同時にまたぼくじしんにとってある種1つのスタートでもあるこの場所が、これからどのような変遷を辿っていくか。語られ直していくことで輪郭は見えてくるにしろ、過去も未来も未だ未消化なものが多く、どう扱っていけばいいのかよくわかりません。とりあえずはこの詩誌がぼくやあなたが何か新しいこと、楽しいことをしていくにあたっての小さな助けになれればいいかなと思います。つまり、萌芽しつつあるものを抱えていければいいかなという、それだけがぼくの願いです。〔鈴木〕



今日、二月九日が「骨おりダンスっ」が誕生して丁度、一年目だという。個人的にも、色々な出来事が通過していったが結句、やはり誕生するということは災厄だ。
「生まれ出ることによって、私たちは死ぬことで失うのと同じだけのものを失った・・・」(エミール・シオラン「生誕の災厄」より)
しかし、失って尚も、日々は眩暈がするぐらいに続いている。それは時に、災厄に対する不感症を引き起こし、時には悪化させ、私たちの存在を危うくもしたりするが、勝手にしろというだけの話であったりもする。

災厄のうえに胡坐をかいて、わめき散らし、疵を負っても、交わりたいとおもう。
 
この「骨おりダンスっ」も、グダグダにやってきたにせよ七号である。この営みが、ささやかではあるが前向きな共犯を築ければ最善である。そのためには、次号から(まだまだ続くと仮定して)もっともっとあなたの秘匿された場所へ侵入するために身体を水に近ずけなければならない。そして絶え間なく流れ続け犯し続けていかなければならない・・・とカッコつけても始まらないが、次号からも鈴木君やらと鼻水垂らしながら、いっしょけんめいにやりたいとおもっている今日この頃です。あ、それと遅すぎますが、あけて、あけましておめでとう。〔金子〕
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2011年11月10日

『骨おりダンスっ』第6号

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「骨おりダンスっ」第6号を公開いたします。今年最後の骨ダンです。
少々容量があるため、ダウンロード推奨です。

少し気が早い気もしますが、2011年を振り返ると実に色々なことがありました。
最初に思い付くのは3月にあった地震ですね。ぼくはその当時ちょうど地元の宮城に帰省していたので、2週間くらい電気も水も止まってしまった生活の中、高校時代に読んでいた小説や詩集を読み返すなどして過ごしていましたが、今は地震よりかは原発の動向が心配で、前回に引き続き2回連続で帰省の話をするのもあれなんですけどね。

これからまた新たな事件があり、新たな詩が生まれ、書き記される「今」が遠ざかっていくのでしょう。せめて、出来る限りその都度の「今」を多くの読者と共に生き、書き記し続けていく詩誌として、またその痕跡としてネットの海を漂い続ける。骨ダンをそういう詩誌にしていきたいと願うばかりです。

[鈴木]
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